第205話 恐慌が起こる条件(中編)
休日の昼下がり、無敗のJ(ジャック)は河川敷に寝転がっていた。
空にはいくつかの雲が流れている。
今日の雲は動きがゆっくりだ。
雲はさまざまに形を変えながら流れていく。
リーマンショックのとき、無敗のJは暴落する相場に成す術がなかった。
暴落相場から生還できたのは、大底の局面で買い向かったからだった。
「恐慌を起こしてきたBABYというAI(人工知能)が、活動を始めている」
BABYはいつ恐慌を起こそうとしているのか。
考える無敗のJに軽快な足音が聞こえてきた。
足音がした方を見ると、トレーニングウェアに身を包んだ女性がいた。
髪を後ろで束ねた端正な顔立ちには汗が光っている。
トレーニングウェアに身を包んだ女性は、顔見知りの無敗のクイーンだった。
数年前、ある証券会社から攻撃してくる犯人を調べて欲しいという依頼があった。
無敗のJは依頼内容を確認するため、依頼主である証券会社を訪れた。
そこで紹介されたのが、資産運用部署の責任者、無敗のクイーンと呼ばれる女性だった。
お互い住んでいる家が近いようで、その後、何度か河川敷で顔を合わせていた。
「無敗のクイーンさん、今日も元気ですね」、上半身を起こした無敗のJがいう。
「久しぶりだな」、シャドーボクシングをしながら、無敗のクイーンがいう。
無敗のクイーンの俊敏な動きを、無敗のJは見るとはなしに見ていた。
「それ以上、見るなら、金を取るぞ」、無敗のクイーンがいう。
「聞きたいことがある」、無敗のJがいう。
「何だ」、シャドーボクシングをしながら、無敗のクイーンがいう。
「ボクシングでパンチを繰り出すときって、どんなときなんだ」、無敗のJがいう。
シャドーボクシングをしていた無敗のクイーンの動きが止まった。
「貴様はバカか」、無敗のJを見ると無敗のクイーンが呆れた顔でいう。
「そんな、言い方はないだろう」、無敗のJがむっとした顔でいう。
「相手がパンチを打とうとしていないときに決まっているだろう。
油断や疲れから、相手のガードに隙が生まれたときだ」、無敗のクイーンがいう。
無敗のクイーンの言葉を聞いた瞬間、無敗のJに衝撃が走った。
BABYが恐慌を起こすのは、相場が油断して恐慌に対する隙が生まれたときだ。
「たまには身体を鍛えろよ」
無敗のクイーンは優雅な笑みを浮かべると、颯爽と走り去った。
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