2019年5月30日木曜日

銘柄を明かさない理由R261 青島の戦い(後編)

第261話 青島の戦い(後編)

「楽にしてくれ」、神尾司令官は張(チャン)にソファに座るよう促した。
張がソファに座ると、神尾司令官が話し始めた。
「平素は、我が軍のため、物資を調達してくれて、助かっておる。
今日、来てもらったのは他でもない。

近頃、我が軍によくない噂があり、事実なのか確認するために来てもらった。
我が軍の一部の将校が、君たち御用商人に接待を強要しているという噂だ。
接待を強要する軍人などいないと信じているのだが、あまりにも噂が多くてね」
神尾司令官は、困ったような顔をしながら続けた。

「第十八師団は、皇室の紋章『菊』を与えられている日本最強の師団だ。
日本最強の師団に、御用商人に接待を強要する軍人など、いないはずだ」
神尾司令官は笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。
背後に立っていた部下らしき男が持っていた紙を、テーブルの上に置いた。

紙には、張に接待を強要する軍人全員の名前が書かれていた。
「この紙に、接待を強要している噂がある軍人の名前が書いてある。
もし、君に接待を強要していない軍人の名前があれば、教えてもらえるかな」
張にたずねる神尾司令官の顔からは、すっかり笑みが消えていた。

張は背筋に寒気を感じ、何もいうことができなかった。
何もいえない張に、神尾司令官は笑みを浮かべていった。
「どうやら何も知らないようだな、わざわざ呼んですまなかった」
張は帰ることを許された。

張が帰った後の応接室で、神尾司令官が部下の男に命じた。
結城中佐、噂がある奴ら全員、内地(日本)へ送り返せ。
理由を聞かれたら、戦争中であるにも関わらず、遊興に耽る恥さらしだと伝えろ」
「かしこまりました」、部下の結城中佐が答える。

「あと、あの張とかいう男への物資の発注は続けろ」、神尾司令官がいう。
張に発注を続けるのは、いかなる理由からでしょうか」、結城中佐が尋ねる。
張に発注を続ける目的がわからんのか。
張に発注を続ければ、張が我が軍が規律のある軍であることを広めてくれる。

青島を陥落させても、青島の人々から信頼を得なくては勝ったとはいえない。
そういう意味で、我が軍にとって、青島の戦いはまだ終わってはいない。
植民地から外国人を一掃し、諸外国の支配から人々を解放すること。
これこそが我ら日本軍の大義に他ならない」神尾司令官がいった。

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