2026年5月10日日曜日

【小説】神崎教授とAIの事件ファイル:EP14 ホスピタル・パニック

【内容】
神崎教授とAIが事件を解決していくミステリー小説。
【登場人物】
・神崎零壱(かんざきれいいち):元東京中央技術大学 情報工学科の教授。日本の情報工学の第一人者で、インターネットの普及に貢献した。2020年に定年退職、現在は年金生活。子どもは独立、妻に先立たれてからは、東京都北区にある築40年以上の二階建て住宅で、妻の思考を学習させたAI(人工知能)と暮らしている。
・神崎悠季(かんざきゆき):神崎零壱の妻で結婚してからは専業主婦だった。2015年にアルツハイマーを発症。東京中央技術大学病院のアルツハイマー新薬研究プロジェクトの治験に参加するが、治験途中に亡くなる。看護師が気づけなかった投薬装置の故障による過剰投薬が原因と推測されたが、因果関係は不明。
・AI(YUKI):神崎零壱が神崎悠季の思考を学習させたAI。神崎零壱のことを誰よりも把握している。自宅にかかってきた電話に音声で対応、電話をかけることもできる。受信したメールに対する返信を作成して送信できるなどの機能も搭載している。
・佐藤波流(さとうはる):警視庁 サイバー犯罪対策課。東京中央技術大学 情報工学科 2020年卒の神崎教授の教え子。
・上条雷人(かみじょうらいと):元米国IT企業「ダーウィンスペース」日本法人の社員。東京中央技術大学 情報工学科2010年卒の神崎教授の教え子。「ダークマップ」管理人。サイバーテロを計画し実行する。

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EP14 ホスピタル・パニック

加藤がメールを開封すると、ランサムウェアがシステム内に侵入した。
侵入すると、ネットワーク内を探索し、管理者権限を奪取した。
管理者権限を奪取したことにより、全サーバーへのアクセスが可能になった。
重要な情報を外部へ送信すると。一斉にランサムウェアを実行した。

あれ、重いな…加藤がメールを開いた瞬間、マウスカーソルが固まった。
内部では、目に見えないスクリプトが、メモリ上へ静かに展開されていく。
数秒後、ファンの回転数が跳ね上がり、排気口から熱風が吹き出した。
CPU使用率が100%になり、ハードディスクのアクセスランプが点滅を繰り返す。

マルウェアが数万個のファイルを、猛烈な勢いで暗号化し書き換えているためだった。
画面上のファイルは、次々と見覚えのない白いアイコンに変わっていく。
ファイルの拡張子は、全て「.locked」に変わった。
中身は世界最強の暗号規格AES-256によって、意味を持たないランダムな文字列に変わった。

現在のスーパーコンピュータを全開で回しても、解読には宇宙の寿命以上の時間がかかる。鍵を持つ上条以外、このデータを元に戻せる者はこの世に存在しなかった。
加藤は指先を震わせ、強制終了のために電源ボタンを力任せに押し込んだ。
消えろ…消えてくれ…画面が真っ暗になると、加藤は深くため息をついた。

見なかったことにしよう。俺のせいじゃない。機械の故障だ。
定年まであと半年。余計なトラブルで評価を下げたくない。
加藤は平静を装い、ノートパソコンを閉じ、医療機器のカタログを見始めた。
出社した事務員たちがノートパソコンを開くと、しばらくして、次々に声がした。

「あれ、おかしいな…」、「ちょっと、私のパソコン変なんだけど」
事務員の田中が席を立ち、加藤の元へやってきていう。
「加藤さん、パソコンが変なので見てもらえます」
「えっ、あ、いや、私は…」、加藤は脂汗を浮かべて言葉を濁した、

「どうしたんですか」、騒然とする事務室に、場違いなほど平坦な声がした。
最年少の事務員の佐々木が、コンビニの袋を下げたまま自分の席に立っていた。
佐々木は、近くの事務員のノートパソコンの画面を覗き込み、いった。
「これ、ウイルスですよ。それもタチの悪いランサムウェア」

「う、ういるす…?」、加藤が震える声で聞き返すと、佐々木が答えた。
「ええ、誰かが不用意にメールの添付ファイルかリンクを開いたんでしょうね。
おそらく、全端末、ネットワーク経由で感染済みのはずです」
「佐々木くん、どうしたらいいの」、事務員の佐伯が聞く。

「もう手遅れですよ。電源切ったところで、中のデータは全部ゴミに変わってますよ」
佐々木は自分の席に座ったが、ノートパソコンを開こうとしなかった。
コンビニの袋から取り出した缶コーヒーを開けると、ため息をついた後に飲み始めた。
病院内に異常を知らせる非常ベルが鳴り響き始めた。

事務室を出た加藤は、重い足取りで最上階の病院長室へと向かった。
ドアをノックし、「どうぞ」という声がすると、ドアノブを回して、中に入った、
豪華なデスクに座り、窓の外を眺めていた病院長の長谷川が振り返っていう。
「加藤くん。朝から騒がしいが、何事かね。外来の受付が止まっていると連絡があったが」

加藤は佐々木から聞いた言葉を必死に思い出しながら、消え入りそうな声で告げた。
「その…システムが、ウイルスに。ランサム…なんとかというウイルスに」
事務室のPCは全滅。おそらく、院内の全システムも…」
「全システムだと? 電子カルテも、検査データもか?」、長谷川がいう。

「はい。ウチの佐々木の話では、ネットワークを通じてすべて感染したと。
復旧の目処は…立っておりません」、加藤がいう。
「…バカな。当院のセキュリティは万全だったはずだ」、長谷川の声が、怒りで震えている。加藤は、自分が開いたメールのことは、どうしても言い出せなかった。

「先生、現場(各診療科)からは悲鳴が上がっています。
手術の続行、人工透析の管理…どう指示を出せば…」、加藤がいう。
「…直ちに全館に非常事態宣言を出せ」、長谷川は絞り出すようにいった。
その顔からは血の気が失せ、先ほどまでの威厳は消え失せていた。

「救急車の受け入れは全面停止。今日の手術もすべて中止だ。
今の我々は巨大な箱の中に閉じ込められた無力な存在だ」、長谷川がいう。
「かしこまりました」、加藤は一礼すると、急ぎ足で退室した。
窓の外から、何も知らない救急車のサイレンが、国際流星病院に近づいてきていた。

救急外来の自動ドアが開くたびに、熱気と怒号が流れ込んできた。
「カルテが出ない! 患者の病歴もアレルギーもわからないぞ!」
「検査科から連絡です、血液検査の装置がサーバーエラーで止まったって!」
看護師は、真っ白になったモニターを前に、手書きのメモ用紙を手に立ち尽くしていた。

「70代男性、急性心筋梗塞の疑いです!」
何も知らない救急隊員がストレッチャーを運び込みながらいう。
「受け入れられません! システムがダウンして、何もできないんです!」、看護師がいう。
「なんだって!? もうすぐそこまで来てるんだぞ!」、救急隊員がいう。

「停電か!?」手術室に執刀医の叫びが響いた。
術野を映していた4Kモニターが砂嵐に変わり、聞き慣れない警告音が手術室を満たした。
「いえ、電源は生きてます。システムエラーです! 麻酔器のデータが同期されません!」
麻酔科医がダイヤルを回すが、デジタル制御された最新機器は、入力を一切受け付けない。

「血圧が下がってる! モニターが見えない状態で閉腹しろというのか!」
執刀医の手元を照らす無影灯だけが、術野を照らし出している。
「アナログの血圧計を持ってこい! 早く! 10年前の道具を全部引っ張り出すんだ!」
医師たちは、己の五感だけを頼りに、暗闇の中を泳ぐような戦いを強いられた。
【スクリプト(Script)】
コンピュータに対する命令をテキスト形式で記述した簡易的なプログラム。コンパイル(機械語への変換)が不要で、作成してすぐに実行できるため、定型業務の自動化やWebサイトの動的な処理に広く使われている。
【メモリ(RAM)】
パソコンやスマホがデータを一時的に記憶する「作業台」の役割を果たす高速な半導体記憶装置。容量(GB)が大きいほど、一度に多くの作業を高速に処理できる。主に8GB以上が一般的で、高負荷な作業には16GB〜32GB以上が推奨される。
【CPU】
中央処理装置。コンピュータの「頭脳」にあたり、データの演算、命令の実行、各装置の制御を行う最も重要な部品。性能が高いほど動作が快適になり、主にIntel(Core iシリーズ)とAMD(Ryzenシリーズ)が主流で、用途(オフィスワーク、ゲーム、動画編集)に合わせてコア数や動作周波数(GHz)が選ばれる。
【AES-256】
256ビットの鍵を使用する最高強度の共通鍵暗号方式。米国政府や世界中の金融機関が機密データ保護に採用する国際標準規格。スーパーコンピューターでも解読に数百兆年以上かかるとされる。総当たり攻撃(ブルートフォース攻撃)に対して実質的に免疫がある。

※本作に登場する手法は防犯上の観点から一部改変しています。

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