2026年5月9日土曜日

【小説】神崎教授とAIの事件ファイル:EP13 オーバーレイの始まり

【内容】
神崎教授とAIが事件を解決していくミステリー小説。
【登場人物】
・神崎零壱(かんざきれいいち):元東京中央技術大学 情報工学科の教授。日本の情報工学の第一人者で、インターネットの普及に貢献した。2020年に定年退職、現在は年金生活。子どもは独立、妻に先立たれてからは、東京都北区にある築40年以上の二階建て住宅で、妻の思考を学習させたAI(人工知能)と暮らしている。
・神崎悠季(かんざきゆき):神崎零壱の妻で結婚してからは専業主婦だった。2015年にアルツハイマーを発症。東京中央技術大学病院のアルツハイマー新薬研究プロジェクトの治験に参加するが、治験途中に亡くなる。看護師が気づけなかった投薬装置の故障による過剰投薬が原因と推測されたが、因果関係は不明。
・AI(YUKI):神崎零壱が神崎悠季の思考を学習させたAI。神崎零壱のことを誰よりも把握している。自宅にかかってきた電話に音声で対応、電話をかけることもできる。受信したメールに対する返信を作成して送信できるなどの機能も搭載している。
・佐藤波流(さとうはる):警視庁 サイバー犯罪対策課。東京中央技術大学 情報工学科 2020年卒の神崎教授の教え子。
・上条雷人(かみじょうらいと):元米国IT企業「ダーウィンスペース」日本法人の社員。東京中央技術大学 情報工学科2010年卒の神崎教授の教え子。「ダークマップ」管理人。サイバーテロを計画し実行する。

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EP13 オーバーレイの始まり

東京都中野区の警察待機寮。
8帖一間のワンルームには、最低限の家具と私物の高性能なPCと技術書があった。
近くのファーストフード店での夕食を終えて帰宅した佐藤波流はテレビを観ていた。
ニュース番組は、東京中央技術大学病院での火災について伝えていた。

非常電源装置で起こった火災は、何者かがドローンを使って起こしたらしい。
テレビは、火災の様子を捉えた空撮映像とドローンの飛行映像を流していた。
神崎先生と会っていた時に、火災が起こっていたのか。
佐藤は頭の中で、神崎と会うまでの経緯を振り返った。

きっかけは、7月から8月にかけて起こった複数の会社へのサイバー犯罪。
会社へランサムウェアが仕込まれたメールを送る。
メールを開封しただけで、ランサムウェアが会社のシステムを使えなくする。
端末には、復旧して欲しければ、身代金を払えという犯人からのメッセージが表示される。

支払い方法は暗号資産で、個人名の口座を開設して、所定の口座に振り込ませる。
犯人が振込確認すると、当日中にシステムを使えるようにする。
以前からある手口だが、今回は身代金の金額設定が絶妙だった。
復旧に要する費用と逸失利益を考えると、払いたくなる金額だった。

会社からの被害届を受理してから、被害を受けた会社のサーバーのデジタル鑑識を行った。
デジタル鑑識を行ったところ、メールはパナマのサーバーから送られていた。
さらに追跡するには、そのサーバーのログが必要になる。
だが、パナマは秘匿性が高く、ログの開示には否定的なことで知られている。

そのため、海外捜査機関との「非公式なギブ・アンド・テイク」を使った。
こちらの情報を提供するので、そちらの情報をください。
おかげで、日本の送信場所を特定することができた。
だが、送信場所のWi-FIスポットに残されたMACアドレスは偽装されていた。

8月に、犯人は、被害にあった会社に、身代金要求の動画を送信してきた。
動画に犯人を特定できるヒントがあるのではと思い、神崎先生に相談した。
神崎先生からの助言を元に、撮影場所を特定した。
2月の忘れ物のビデオカメラと動画のデータを照合したところ、一致した。

利用者のリストから、忘れたのは大場玲で、撮影者であることがわかった。
忘れていったビデオカメラの製造番号から、販売店を特定した。
動画に映っていたスマホも、その販売店で現金で購入していた。
だが、大場玲なる人物は実在せず、防犯カメラの映像データは上書きされていた。

手詰まり感のある中、再度、神崎先生に相談した。
すると、大場玲が上条雷人と同一人物である可能性があることを教えてもらった。
上条雷人は母校の先輩で、卒業後は「ダーウィンスペース」日本法人に勤めていた。
1年前に自己都合退職、現在、定職には就いておらず、住所は神奈川県横浜市。

「非公式なギブ・アンド・テイク」を使ったため、何としても別件で引っ張る必要がある。
休みだった今日、神崎先生と品川で落ち合い、送信場所のWi-FIスポットを見てもらった。
神崎先生は時々、立ち止まって、スマホで接続できるWi-FIを確認していた。
見てもらった後、ランチのために入ったカフェで、神崎先生の講義が始まった。

「セキュリティを考える上で大切なのは、相手の立場で考えること。
自分が相手だったらと考えれば、必要なものが見えてくる」
防犯カメラの死角からの送信ですかと聞いたら、違うといわれた。
誰にも知られることなく送信するために必要な条件がそろっている場所だといわれた。

「つまり、プライバシーが確保でき、Wi-FI以外の接続をしている場所。
この条件に合致する場所は、ビルの2階にあるネットカフェだけだったよ」
明日にでも、ネットカフェに店内の防犯カメラの映像データを提供してもらう。
そこに上条雷人が写っていれば、別件で任意の事情聴取ができる。

家宅捜索で、会社へのサイバー犯罪の証拠が見つかれば、逮捕できる。
そこまで振り返ったとき、机の上にある充電中の私用スマホの着信音が鳴った。
スマホには、「神崎先生」と表示されていた。
スマホを取り、通話をタップすると、神崎先生が新たな事実を教えてくれた。

「東京中央技術大学病院でのドローンを使った火災。
病院の監視カメラにドローンを飛ばす上条雷人が写っていたんだ」
神崎に礼をいい、通話を終えた佐藤は思った。
明日、監視カメラの映像を確認すれば、上条雷人を逮捕できる。待っててください、先輩。

翌朝、東京都江東区の国際流星病院。
高度専門医療の研究施設を持つ都内最多の病床数 1230床の病院。
朝一番で事務室へ出勤した加藤は、机の引き出しからノートパソコンを取り出した。
電源ボタンを押して起動すると、受信トレイに1通の新着メールがあった。

東京都からのメールで、件名は「【至急】東京中央技術大学病院の事件を受けての対応」。
開封すると、何も書かれていなかった。
おいおい、文面入力する前に送信したのか、加藤は思った。
加藤が開封したメールは、上条雷人がランサムウェアを仕込んだメールだった。
【ランサムウェア(Ransomware)】
身代金を意味する「Ransom」とソフトウェアの「Software」を組み合わせてできた言葉で、会社のパソコンやサーバーに侵入し、保存されているファイルを勝手にロックした上で、元に戻す代わりに金銭を要求する悪質なプログラム。
【ログ(Log)】
コンピュータシステム、ネットワーク、アプリケーションなどの動作履歴や、ユーザーの操作内容を時系列で記録したデータ。トラブルの原因調査、セキュリティ対策、利用状況の分析を目的として自動生成される。
【Wi-Fiスポット】
カフェや駅、商業施設などで提供される無線インターネット接続サービス。契約している通信回線を使わずに、スマートフォンやPCをネットに接続できる。無料で使えるフリーWi-Fiや、キャリアが提供する会員制Wi-Fiもあり、用途や場所に応じて使い分けることが可能。暗号化が不十分な場合、第三者に通信内容を盗まれるリスク がある。
【MACアドレス(Media Access Control address)】
ネットワーク機器それぞれに製造段階で割り当てられる装置固有の 12 桁の識別番号。OSによって「物理アドレス」、「Wi-Fiアドレス」と表示される。MACアドレスが重複することはないが、MACアドレスを変更するソフトウエアなどもあり、意図的に変更した場合は重複することがある。

※本作に登場する手法は防犯上の観点から一部改変しています。

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