第267話 買いの奥義(後編)
都内のある証券会社には、自社の資産を運用する部署があった。
資産運用部署は理想郷を意味する「アルカディア」と呼ばれていた。
「アルカディア」の責任者は女性で、無敗のクイーンと呼ばれていた。
無敗のクイーンは、無敗の個人投資家たちの売買を参考に資産運用していた。
元号が変って初めての夏。
早朝のアルカディアで、無敗のクイーンはある男の買い注文を待っていた。
待っていたのは無敗の個人投資家の1人、無敗のジャックの買い注文だった。
無敗のクイーンは、無敗のジャックとの昨年末の会話を思い返した。
休日の河川敷、無敗のジャックは暇そうに寝そべっていた。
たわいもない会話の中で、奴がいった。
「今の相場は、3年前の相場にそっくりだよな」
それ以上、奴は何もいわなかったが、奴の考えていることはわかる。
奴は3年前と同じ相場で、最も効率よく儲けようとするはずだ。
3年前の相場は、2月、6月、8月に底を打った。
3年前の奴は、2月、6月、8月に的確に買い向かった。
この8月も、おそらく奴は買い向かうはずだ、だが、いつ何を買うのか。
そのとき、システムのアラートが無敗の個人投資家の買い注文を知らせた。
無敗のクイーンが確認すると、無敗のジャックの買い注文、Jアラートだった。
Jアラートは、ジャックが保有する株の買い増しだった。
現在、ジャックが保有する2,000株を3,000株にする買い注文だった。
確か、この株は年初来安値で推移している。
いつも通りの割安株狙いか、芸のない奴だ、無敗のクイーンは笑みを浮かべた。
無敗のクイーンは、ジャックに追随すべく買い注文を入れようとした。
そのとき、システムのアラートが再び、無敗の個人投資家の買い注文を知らせた。
無敗のクイーンが確認すると、またしてもジャックの買い注文、Jアラートだった。
Jアラートは、ジャックが保有する別の株の買い増しだった。
現在、ジャックが保有する20,000株を30,000株にする買い注文だった。
奴が同日に2銘柄の買い注文を入れるのは初めてだ、無敗のクイーンは思った。
奴が同日に2銘柄の買い注文を入れたのには、何か理由があるはずだ。
無敗のクイーンは、3年前の2銘柄の株価データを調べて気づいた。
3年前の8月、2銘柄の配当利回りは5%を超えていた。
3年ぶりに、2銘柄そろって配当利回りが5%を超えた日が昨日だったことに。
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