自身たちの世代は、定年後に「お金」「健康」「孤独」の3つの問題があるといわれている。
ただ、自身が知る限り、定年後に3つの問題を解決できていない人は多いように思う。
「お金」はあるが「健康」でない人、「お金」もあり「健康」だが「孤独」な人など。
誰かの参考になるかもしれないので、「孤独」の問題について書いてみるw
「孤独」と似た言葉に「孤立」があるが、一般的な定義は以下になる。
孤独:主観的概念であり、ひとりぼっちである精神的な状態。
孤立:客観的概念であり、つながりや助けのない状態。
孤独でも孤立しないこともあれば、孤独でなくても孤立することがあるw
では、孤独ではない状態とは、どのような状態か。
孤立がつながりや助けのない状態なので、つながりや助けがある状態になる。
人のいない僻地にでも行かない限り、社会とのつながりはある。
したがって、孤独だという人は、自らが孤独と感じているだけだと思うw
若かりし頃、これからの人生について考えたことがある。
他人の気持ちはわからないし、自分の気持ちは自分にしかわからない。
人は一人で生まれてきて、この世を去る時も一人。
人は誰しも一人だと思うことで、孤独を肯定できるようになったw
たまに、悩みを相談できたりする友人の有無が、孤独の基準だという人がいる。
学生ならわかるが、いい年した大人が他人に悩みを相談したりしないだろう。
あえて、孤独の基準を作るなら、同じ経験をした人とのつながりの有無だと思う。
具体的には、親や子ども、学校や職場が同じだった人などw
自身はネット黎明期から、ネットを利用しており、比較的、利用歴は長い。
当時、知り合った友達とは、今もつながりがある。
いつでも話すことができる、気のおけない間柄になる。
それぞれが家庭を持っているため、最近の話題は子や孫、健康のことが多いw
数年前に会社員を卒業したが、今もかっての仕事仲間とはつながりがある。
たまに飲むことがあるが、いつも思い出話で盛り上がる。
なぜなら、世代は異なるが、同じ仕事を経験しているからになる。
これから先も、ゆるくつながり続けるだろうなと思っているw
先日、同じマンションに住む高齢のご夫婦と連絡先を交換した。
何かあったときのためだが、上の世代の方とつながりができたことになる。
たまに、友達が多いと自慢する人がいるが、そういう人に限って友達が少なかったりする。
人と比較したりせず、下のような自己肯定感を持てばよいのにと思うw