銘柄を明かさない理由R242 ベイビーワールドエンド（後編）

第242話　ベイビーワールドエンド（後編）

ニューヨーク証券取引所の取引開始時間の9:30まで、あと30分だった。
ニューヨーク証券取引所のサーバールームでは、ある異変が起こっていた。
異常な速さで点滅していた1台のサーバーが、通常の速さの点滅に戻った。
それは、人工知能"ベイビー"がこの世から消滅したことを表していた。

同時刻、ニューヨーク市マンハッタンの高級アパートメントの1室。
無敗のA（エース）、天使の笑顔をもつ男は取引開始時間を待っていた。
「親しき仲にも礼儀ありよ」、同居するウィッグの女は別室で取引開始に備えていた。
売りたければ売るがいい、天使の笑顔をもつ男から笑みが消えた。

同時刻、ニューヨーク市のタイムズスクエアにある劇場の控え室。
舞台の主役である無敗の相場師、仮面の相場師は取引画面を操作していた。
公演中は株価を見ることができないため、いくつかの銘柄に買いを入れていた。
その買い注文は、普通ならばストップ高になる規模の買い注文だった。

同時刻、大阪難波のタワーマンションの1室。
浪花の相場師こと、初代本家13代目当主の淀屋のスマホが着信を知らせた。
電話の相手は、二代目本家当主の難波の女帝だった。
「今からいう銘柄はウチが買うから、アンタは買うたらあかんで」

同時刻、都内にある重厚な門構えの木造家屋。
居間には、無敗のキングとその秘書、証券会社の情報システム責任者の男がいた。
無敗のキングと秘書は、情報システム責任者の男が設置した大型モニターを見ていた。
「これでいつでも買いを入れることができます」、情報システム責任者の男がいった。

同時刻、無敗のJ（ジャック）を含む、無敗の個人投資家たちも取引開始に備えていた。
94人の職業は様々で、公立中学の教員、自営業、中小企業の会社員などだった。
ニューヨーク証券取引所に買い向かう、彼らが思ったことは同じだった。
今夜は徹夜になるかもしれない、明日、寝不足になるのは間違いないな。

同時刻、兜町にあるいくつかの証券会社には明かりがともっていた。
その中の1つは無敗のキングが創業した証券会社だった。
その証券会社の運用部署、アルカディアではミーティングが行なわれていた。
無敗のクイーンが、無敗のテンを含むメンバーにいう。

「お前たちは選ばれし者だ、自分たちが社内、業界、いや世界で一番、偉いと思え。
お前たちに勝てる奴など、この世に存在しない、必ず目標を達成しろ」
やがて、ニューヨーク証券取引所の取引開始時間になった。
ドルが騰がりはじめ、売りと買いが交錯する中、NYダウは前日比、プラスで始まった。