第039話 最後の相場師(後編)
是川とコウゾウが南海セメント本社を訪れた3週間後。
南海セメントは新株発行による増資を行うと発表した。
この発表により、半年前から上昇していた株価は急落した。
だが、是川とコウゾウは保有していた南海セメント株を全て売り抜けていた。
是川とコウゾウは、その後も多くの仕手戦に関わった。
1976(昭和51)年の日本セメント、1979(昭和54)年の同和鉱業。
1982(昭和57)年の不二家、1983(昭和58)年の丸善石油、平和不動産など。
中でも、1981年から1982年の住友金属鉱山の仕手戦は、是川の名を一躍、有名にした。
是川の生活は質素で、大阪市に多額の寄付を行うなど社会福祉事業にも力を入れていた。
1979(昭和54)年には、私財14億円を拠出し、是川奨学財団を設立した。
バブル崩壊後の1992(平成4)年、老衰により95歳で亡くなった。
遺産は、奥さんと暮らしていた2LDKのマンションだけだった。
1992(平成4)年の秋。
「ちょっと待ちいな」、是川の葬儀に参列した帰り道、コウゾウは声をかけられた。
コウゾウが振り向くと、喪服姿のヨドヤタエが追いかけてきていた。
「久しぶりに会うたんや、近くで茶でも飲まへんか」、タエがいった。
コウゾウとタエは、近くの喫茶店に入った。
注文した飲み物が運ばれると、タエが話し始めた。
「ホンマ、久しぶりやな、2年ぶりくらいになるんかな。
アンタはずっと是銀と一緒やったんかいな」、タエがいう。
「一緒だった、最後も看取った」、コウゾウがいう。
「そうかいな、是銀も嬉しかったやろな、愛弟子に看取ってもろうて。
紙袋に入ってんのは、是銀の家にあった額やろ」、タエが紙袋の額を見ながらいう。
「奥さんから渡された」、コウゾウは"誠と愛"と書かれた額を取り出した。
「アンタに持っといて欲しかったんやろな」、タエがいう。
「さあ、どうかな」、紙袋に額を戻しながら、コウゾウがいう。
「アンタはこれからどないするんや」、タエがいう。
「とりあえず、東京へ戻ろうかと考えている」、コウゾウがいう。
「寂しなるけどしゃあないな、大阪来たら、いつでも寄ってや」、タエがいう。
是川に株を教えてもらったタエは、是川との思い出話を始めた。
その後、東京へ戻ったコウゾウは、証券会社を立ち上げた。
証券会社の社名は、是川の人生訓である"誠と愛"からとった愛誠証券だった。