上海市の高級マンションの一室、劉宋明(りゅうそうめい)が話していた。
「そのあと、俺は友人に礼をいおうとして、友人を探した。
ところが、友人は俺の前に現れることはなく、二度と会うことはできなかった。
しばらくして、俺は友人のある噂を聞いた」
「どんな噂だったの」、レナールが尋ねる。
「友人は香港で有名な資産家、張(チャン)家の1人息子で、跡を継いだという噂だ。
張が貧民街で暮らしていたのは、貧しい人々の生活を体験させるためだったらしい。
最初に聞いたときは、所詮、金持ちの道楽かと思ったよ」、劉宋明がいう。
「なぜ、香港じゃなく、上海で暮らしていたの」、レナールが尋ねる。
「そこだ、俺もそこが気になった」、劉宋明が答える。
「貧しい生活を体験するなら、わざわざ上海へ来なくても、香港でも体験できる。
張家のことを調べたら、その理由がわかったんだよ。
張家の創始者は、第一次世界大戦の頃、上海の日本軍の御用商人となり、元手を作った。
大戦終結後、創始者は香港へ移住、株式投資により、現在の資産を築いたらしい。
つまり、張家にとって、上海の地は自分たちの心の故郷なのかもしれない」
「そのこととマチルダの日本語の勉強が、どう関係があるの」、レナールが尋ねる。
「張家の創始者を御用商人にした男、株式投資を勧めた男は、同じ男だった。
その男は、日本へ帰国すると、株式投資で財を成し、日本一の高額納税者となった。
その男は、後に"最後の相場師"と呼ばれた是川銀蔵という人物だった。
つまり、今の張家が資産家になれたのは、是川という日本人のおかげだともいえる。
世界大戦は、日本がアジアの国々を侵略するための戦争だったといわれている。
だが、アジアの国々は、日本が欧米から解放してくれた戦争だったことを知っている。
これからアジアが発展していくためには、日本との協調は欠かせない。
そのためにも、マチルダには日本語を覚えてもらいたいと思っている」、劉宋明がいう。
「おいおい、ペンが止まっているよ」
我に返ったマチルダは、傍らで見守ってくれている日本語の家庭教師を見た。
若い日本人男性が心配そうに見ていた。
「すいません、違うこと考えていました」、マチルダがいう。
「勉強はどれだけ集中できるか、つまり時間を忘れて夢中になれるかが大事なんだよ。
まだ、日本語はマチルダにとって、夢中になれない彼氏なのかもしれないね。
でも、大丈夫、いつか日本語はマチルダが夢中になれる彼氏になると思うよ」
若い日本人男性"無敗の相場師エース"、アマネ オトヤは天使のような笑顔でいった。

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