2019年10月18日金曜日

銘柄を明かさない理由R280 防衛の最前線(前編)

第280話 防衛の最前線(前編)

新宿歌舞伎町の裏通り。
短く刈った頭髪に、派手なシャツを着た1人の男が全力で走っていた。
あと、もう少しで、この町から出ることができる。
しかし、この町は何なんだ、全力で走りながら男は思った。

少し前、後ろで音がしたので振り返ると、後方の男が倒れていた。
倒れた男の横に立つ居酒屋の店員が持つビールサーバーは、大きく変形していた。
居酒屋の店員が、後方の男を襲ったのは間違いない。
ホームレスの男はまだしも、なぜ、居酒屋の店員が襲ってくるんだ。

この町の全てが敵なのか。
しかも、あのホームレスの男は、何のためらいもなく、酒瓶で人の顔面を強打した。
何のためらいもなく、顔面を強打できる奴は、そうそういるもんじゃない。
ためらいもなく、顔面を強打できるのは、過去に顔面を強打したことがある奴だけだ。

一刻も早く、仲間にこの町が危険であることを伝えなくては。
あと少しで大通りだ、男は速度を緩めることなく走った。
男が大通りに出る直前。
1人の女子高生が、死角から目の前に現れた。

ぶつかると思った男の前で、女子高生はこちらに顔を向けた。
こちらを見た女子高生の顔は、戦闘モードだった。
目の前の女子高生が、男の視界から消えた。
次の瞬間、男は人体の急所、みぞおちに強烈な衝撃を感じ、意識を失った。

「いったあ~い」、女子高生の声が大通りに響いた。
通行人が見ると、女子高生が尻餅をついていた。
女子高生の横には、短く刈った頭髪に、派手なシャツを着た男が倒れていた。
通行人の誰もが、女子高生と派手なシャツを着た男がぶつかったのだと思った。

だが、通行人の1人、ガタイのいいスーツ姿の男性は何が起こったのか、わかっていた。
男とぶつかる直前、女子高生は自ら後方へ倒れこんだ。
両手をついた女子高生は、派手なシャツを着た男のみぞおちに蹴りを入れた。
おそらく、派手なシャツを着た男は、何が起きたのかわからなかっただろう。

倒れこみながら、狙ったところに蹴りを入れるには、相当の修練が必要だ。
あれだけの武術を体得した若者を、組織はよく見つけてきたもんだ。
さてと、俺のミッションである"回収"を果たすとするか。
ガタイのいいスーツ姿の男性は、倒れている男へ向かって歩き始めた。

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