2016年9月13日火曜日

銘柄を明かさない理由R128 追跡(後編)

第128話 追跡(後編)

年齢不詳の男は、エレベーターホールを出た。
周囲に素早く目をやると、カフェに見覚えのある女がいた。
あの女はクラブホステスの女、なぜ、ここにいる。
目的は俺だな、年齢不詳の男は気づかないフリをして通り過ぎた。

オフィスビルのガラスに、クラブホステスの女が立ち上がる様子が映っていた。
あのカフェは前払い制だ、すぐに店を出て後をつけてくるだろう。
オフィスビルを出た年齢不詳の男は、特に急ぐこともなく歩き続けた。
地下鉄の駅へ降りる手前で、年齢不詳の男はスマホを取り出した。

スマホの表面には、角度によって鏡になる特殊フィルムがコーティングされている。
さりげなく背後を映すと、後をつけてくるクラブホステスの女がいた。
所詮、素人の尾行、年齢不詳の男は地下鉄への階段を降りはじめた。
地下鉄の改札を抜け、年齢不詳の男はホームに入った。

年齢不詳の男はスマホを取り出すと、背後の改札の様子を映した。
クラブホステスの女が、改札にICカードをタッチしようとしていた。
今だ、年齢不詳の男はスマホの特殊アプリの送信をタッチした。
クラブホステスの女がICカードをタッチした瞬間、エラー音が鳴った。

他の改札も全てエラー音が鳴り、乗客は改札の前で立ち往生している。
慌てた駅員が、自動改札機の点検を始めた。
電車がホームへ滑り込んできた。
発車する頃にはホームへ入れるよ、年齢不詳の男は開いたドアから電車に乗り込んだ。

発車のアナウンスが流れ、電車が動き出した。
改札もようやく人が通れるようになった。
クラブホステスの女が呆然とした顔で、こちらを見ている。
素人がプロを尾行するのは100年早い、年齢不詳の男は思った。

年齢不詳の男の耳元で、若い男がささやいた。
「自動改札を動かなくするとは、変わったスマホをお持ちですね。
お伺いしたいことがあるので、次の駅で降りていただけますか」
目の前の車窓を見ると、背後に寄り添うように立つ若い男と目が合った。

あのクラブホステスの女は、トラップだったのか。
クラブホステスの行動に目を向けさせ、俺の行動を別の場所から見ていたのか。
「返事がないということは、降りていただけるんですよね」
車窓に映る若い男はささやくと、天使のような笑みを浮べた。