2016年5月2日月曜日

銘柄を明かさない理由R62 適任の男

第62話 適任の男

男はいつものように、電車で職場へ向かっていた。
混み合う車内で、新聞を折りたたんで読んでいる会社員がいる。
紙面には、地方での災害を伝える記事が大見出しで載っている。
未曾有の災厄から、5年しか経っていないのに、また次の災厄か、男はうんざりした。

リーマンショックに東日本大震災、ここまで激動の相場を体験した者は少ないだろう。
しかも、未だに相場を張っている者になれば、さらに数は限られる。
今回の災厄で、しばらく相場は低迷、個人投資家が減るかもしれない。
会社員だが株式投資で無敗の男は思った。

オフィスで仕事をしていた男に、女性社員が声をかけた。
「社長がお呼びです、今すぐ社長室へ来てくださいって、何かよくないことされました」
「心当たりは山ほどあるな、ひょっとすると、あのことかな、それともあのことかな」
笑う女性社員を後に残して、男は社長室へ向かった。

社長室に着いた男は、軽くノックをした。
「入りたまえ」、男が社長室に入ると、社長がソファに座っていた。
「遠慮は要らん、掛けたまえ」、太った貫禄ある社長がソファを指差しいう。
「失礼します」、男は社長の向かいのソファに座った。

「君に適任の仕事の依頼がきた」、社長がいった。
「私に適任の仕事ですか」、男はたずねた。
「ああ、そうだ、ある証券会社が不正アクセスを受けているらしい。
不正アクセスに関わっているらしい疑わしい人物の身辺調査だ」、社長がいった。

「要は不正アクセスに関与しているか突き止めろということですね」、男はいった。
「その通りだ、君は株に詳しいと聞いている、まさしく適任だよ」、社長がいった。
「急な話ですが、断るわけにはいかないんですよね」、男はいった。
「当たり前だ、お客様は神様だからな」、太った社長は笑いながらいった。

席へ戻った男に、女性社員が声をかけた。
「飲み物をお持ちしましょうか」
「ありがとう、だが今はいい」、男はいった、
「お役にたてることがあるなら、何なりと仰ってください」、女性社員がいった。

「自分のことは自分で何とかするよ。その気遣いだけで十分だよ」
不正アクセスに関わっているか、突き止めろか。
どうすれば、突き止めることができる。
とりあえず依頼主に会って話を聞くか、男は依頼主へアポイントをとることにした。