2016年3月2日水曜日

銘柄を明かさない理由R45 美しき残酷な世界(後編)

第45話 美しき残酷な世界(後編)

「本校ではアンケートをとっていますが、いじめの事実はありません」、教頭がいう。
「いじめの事実がないだと、そのような対応をしていると大変なことが起きるぞ」
男と教頭とのやり取りを聞いていた校長がいった。
「落ち着いてください、それ以上になると、本校も然るべき対応をとらせていただきます」

同時刻、教職員たちが一時限目の授業の準備をしているなか、1本の電話が鳴った。
女性教員が電話をとると、いきなり相手はまくしたてた。
「昨日、息子が持って帰ってきた文書を見たわよ。
深刻な女子生徒へのいじめがあり、調査中ってどういうことよ、どんないじめがあったのよ」

「本校ではいじめはなく、そのような文書も配布していません」、女性教員はいった。
「何をいっているのよ、学校からの文書だって、息子がいってたわよ」
女性教員はいった、「それは本校が配布した文書ではなく、いじめもありません」
電話の相手がいった、「うちの息子に聞いたら、うちの息子もいじめられているのよ」

同時刻、女の子は教室でイスに座っていた。
女の子は男の言葉を思い出していた、
「いきなりイスを投げてやれ、ただし人には当てるな、そして無言で教室を出て行ってやれ」
今日は男と約束した日だ、女の子は静かに立ち上がると、座っていたイスに手をかけた。

応接室に男性教員が駆け込んできていった、「ほ、保護者からの電話が殺到しています」
教室の方向からは、何かと何かがぶつかる音が聞こえてきた。
「い、一体、な、何をしたんだ」、校長が震える声で男にたずねた。
「真実を伝えたまでだ」、男はソファから立ち上がると、応接室から出て行った。

女の子は土手に座って川面を見ていた、キラキラと光る川面はとても美しかった。
「よく立ち向かったな」、コートの男が女の子の横に座った。
「行きたくなければ、無理して学校にいく必要はない」、男はいった。
「ありがとうおじさん、でも大丈夫、いじめられたらイスを投げてやるから」

去っていく女の子の姿が見えなくなると、1人の男が現れた。
「ありがとうございました」、現れた男は深々と巨躯の男に頭を下げた。
現れた男は、破綻した大手証券会社の元エリート社員で、女の子の父親だった。
「ウチの会社を証券会社にしてくれた男の頼みなら、聞かない訳にはいかないだろう」

数日前、娘の様子がおかしいと思った男は、今の勤務先の社長に相談した。
翌日、社長は娘から学校でいじめを受けていることを聞き出し、娘に指示を与えた。
次の日、留守番以外の全ての社員を動員し、下校中の生徒たちへ封筒を配らせた。
「さあ帰って、本業だ」、巨躯の社長がいった、時代は21世紀を迎えようとしていた。