2016年1月27日水曜日

銘柄を明かさない理由R28 天使の一撃

第28話 天使の一撃

その年、男は元本引上げの売りをすると決めていた。
日経平均株価が20,000円を超えた今が売りなのか、男は迷っていた。
売ったあとに、相場が上昇すれば、今後の資産運用に大きなロスだ。
売るべきか、売らずに様子を見るか、男の葛藤は続いた。

ウォール街には以下の格言がある。
Bulls make money. Bears make money. Pigs get slaughtered.
ブル(上昇相場)でも、ベア(下落相場)でも利益をあげることはできる。
だが豚(貪欲)になると、痛い目にあうという意味である。

また、ウォール街には以下の格言もある。
The market is driven by fear and greed.
相場は恐怖と欲望によって動かされるという意味である。
今、男は相場を動かす欲望と対峙していた。

ある日のこと、男は同じゼミの女性にいわれた。
「最近、笑顔が少なくなったね、何かあったの」と。
帰り道、ショーウィンドウに映った自分の顔に、男は驚いた。
何て顔だ、今の自分は欲にとらわれていると。

翌日、自宅でPCに向かう男の姿があった。
自分は欲には支配されない。
もう迷わない、元本引上げの売りだ。
男は指値で、元本引上げの売りを発注した。

同時刻、アルカディアのシステムが男の売りを感知した。
「無敗の個人投資家が売りです」、小柄な小動物を連想させる女性社員が報告する。
「売った奴のイニシャル、銘柄、売却数を教えろ」、創設者の社員が問う。
女性社員からの報告を聞いた創設者の社員は、保有していたメイン株の売りを決めた。

「すぐに残りのメンバーを召集する、保有しているメイン株を全数、売り抜けろ」
女性社員は、すぐさま指示されたトレードに取り掛かった。
個人である男の売り注文は、相場からすれば、微々たるものだった。
だが、男に追随したアルカディアの膨大な売りは、相場に少なからず影響を与えた。

昼下がりの都内のカフェで、男は同じゼミの女性と談笑していた。
男と同じゼミの女性は思った。
よかった、いつもの天使のような笑顔が戻って。
その頃、テレビでは女性キャスターが日経平均株価の急落を伝えていた。