2016年1月19日火曜日

銘柄を明かさない理由R22 恐怖と欲望

第22話 恐怖と欲望

ある証券会社の資産運用を担当する部署、アルカディア。
創設者の社員は、資産運用のコンサルティングをしていた女性社員だった。
精鋭揃いの女性トレーダー10名で構成されたアルカディアは、連戦連勝の無敗だった。
今や10名の女性トレーダーを率いる創設者の社員は、無敗のクイーンと称されていた。

今、創設者の社員は試されていた。
会社の創業者である伝説の相場師である会長からの質問に。
「相場で勝つために、最も大事なことは何だ」
創設者の社員の頭に、ある個人投資家の売買履歴が浮かんだ。

男はリーマンショック時に何百万円もの含み損がありながら、無謀にも買い向かった。
また東日本大震災では、いち早く利益確定の売り、その後、全力で買い向かった。
軽減税率終了の年に、軽減税率適用が終わった買戻し相場で売った男。
あの男なら、会長の質問にどう答えるだろう、創設者の社員は考えた。

創設者の社員は答えた。
「総悲観の売り相場では、誰もが資産が減る恐怖から売りに走ります。
ところが上昇相場では、誰もが欲望の趣くまま1円でも多く儲けようとします。
恐怖と欲望をコントロールすることができれば、相場で勝てます」

会長は続けていった。
「抽象的だな、具体的にどうしたらよいのか説明しろ」
創設者の社員は思った、なんだ、この茶番は。
自分がいかに凄かったのかを自慢したいのか、付き合うだけ時間のムダだ。

創設者の社員の頭に、アルカディアのメンバーたちの顔が浮かんだ。
彼女たちは、普段は営業、受付、広報、経理、情報システム等の仕事をしている。
だが、ひとたびアルカディアに入室すると、全員が抜群のトレードを行う。
アルカディアのメンバーたちこそが国内、いや世界最強の相場師だ。

創設者の社員は答えた。
「さきほど読まれていた運用報告書で、お分かりにならなかったのですか」
会長の横で立っていた社長が、慌てて声を発した。
「何だ、その会長への口の利き方は、身の程をわきまえろ」

会長は片手を上げて社長を制すると、飲み物を口にした。
少しして、ゆっくりとした口調で、会長は創設者の社員に告げた。
「いいだろう、貴様の好きなようにするがいい。
だが、私の会社の資産が少しでも減ったら、どうなるか分かっているだろうな」