2015年12月27日日曜日

銘柄を明かさない理由R8 暴落のベラドンナ(後編)

第8話 暴落のベラドンナ(後編)

社員の顔を見た社長室秘書は思った。
この顔は有能な社員が、意を決して辞めるときの顔だと。
何の迷いもない、だが確固たる意思が窺える顔だ。
秘書は社長に社員が来たことを伝え、社員に入室を促した。

「失礼します」と社員はいい、社長室へ入った。
社長はデスクに座ったまま、「用件はなんだ」と問う。
「実は退職したく、お伺いいたしました」と、退職願を差し出す社員。
「理由はなんだ、詳しく説明しろ」と社長がいう。

「私は会社の資産運用で過ちを犯しました、その責任をとるということです」
「で、いくら損失を出した」
「損失は出ていませんが、膨大な含み損になりました」と社員は資料を差し出した。
受け取った資料を見ることもせず、社長はいった。

「私との最初の約束を覚えているか、必ずプラスにしろだ」
「会社の決算も迫っていますし、決算までにプラスにはできないかと」
「いつ誰が決算までと期限をきった、私がいったのは必ずプラスにしろ、それだけだ」
「確かに仰る通りですが、限られた期間で利益を出すことがミッションかと」

「まだまだ相場がわかっていないようだな。
含み損は確定しない限り、損失とはならない。
短期の値動きに惑わされず、資産運用は長期的な視点で捉えろ。
この退職願は受け取ることはできない、さっさと仕事場へ戻れ」

社長室から出てきた社員を見て、社長室秘書は思った。
一見すると、辞めようとしたが、社長に一喝され、落ち込んでいるように見える。
だが、秘書には思惑通りに物事が進んだ人の顔に見えた。
社員が秘書に近づきいった、「これからも頼みごとをするが、よろしく頼むよ」

社員が出て行ったあと、社長は社員から渡された資料を読んでいた。
その資料は、アルカディア創設以来の運用報告書だった。
アルカディアは、すでに元本を引き上げており、運用益で株の売買を行っていた。
単に含み益が減っただけか、やはり私の目に狂いはなかったな、社長は思った。

アルカディアへ戻った社員は、含み益が減った保有株のリストを手に取った。
底値でどれだけ仕込めるかに勝負がかかっている、社員は買い増しの検討に入った。
ベラドンナ、その植物は全体に強い毒性をもち、食すれば最悪、死に至る。
だが、用法や用量を守れば、薬用効果がある植物だといわれている。